(45)OneDriveで困っています。

マイクロソフトが提供するOneDriveというサービスが始まってからだいぶ年月が経過した。いろんなユーザーをサポートする立場にある筆者が感じることとして、マイクロソフトは強制的にOneDriveを使わせようと仕組んでいるように感じてしまう。そうではないと言うならOneDriveを使わないという選択肢があってしかるべきだし、意図せずOneDriveが入り込んだ場合であってもOneDriveを使わないでいた頃の状態に簡単に戻せるようにしておくべきである。

そんな否定的なもの言いの筆者自身であるが、OneDrive(無料の容量内で)を使っている。どのように使っているかといえば、パソコンではいちいち「Edge」からOneDriveに入って利用するし、スマホでは直接Excelを開いてOneDriveのExcelデータに入力する。つまり、パソコンにもスマホにもOneDriveのアプリはインストールせずにその範囲内でOneDriveの機能を利用している。最近購入したWin11のパソコンには初めからOneDriveがインストールされていたのでアンインストールした。もちろん同期の機能は怖くてとても利用する気にはなれない。

筆者は何件かのサポート先でOneDriveに関係する訳の分からないトラブルを見てきた。まず、何がきっかけでOneDriveがPCの中に入り込み動き始めるのかが分からない。普通に考えればOneDriveはその機能を必要とする人が任意にダウンロードしてインストールして環境設定して使えばいいはずであるが、OneDriveはそうではない。いつの間にか密かに入り込んでいる。OneDriveが何者なのか知る由のない、かつ、調べる気のないユーザーにとっては、マイクロソフトの策略にまんまと引っかかってとんでもないトラブルに巻き込まれてしまうのである。

筆者は複数の客先でトラブルが起きる前の状態にするのに大変な苦労をしてきた。というかほとんど未解決に終わっていて消化不良を起こしてきた。

中でも、OutlookのpstファイルがOneDriveに移ってしまいOutlookでメールの送受信ができなくなってしまい、何とか再設定して送受信できるようにしたのにも拘わらず、調べていくと、連絡先データがOneDriveにあるpstファイルにリンクされてしまい、「連絡先」では登録されている連絡先を見ることができるのに、メールメッセージを新規に作成するときに登録済みの宛先を検索すると連絡先が空っぽなのである。つまり、「メール」のpstファイルは既定の場所のドキュメントフォルダ内に、「連絡先」のpstファイルはOneDriveフォルダ内に、別々にリンクされてしまっているのである(たぶん)。

なぜそんなことになったのかと憤慨されるエンドユーザーにとっては、はじめから積極的に使いたいとも思っていないOneDriveが勝手に入り込んだためで、まったく寝耳に水の出来事なのである。

実際にインターネットで検索すると、OneDriveに関するトラブルは多く、そのほとんどが解決に至っていないようである。OneDriveを使う前の状態にすっきり戻すにはどうすればいいのか、その解決の手順をマイクロソフトが責任をもって公開するべきである。

(44)Fusion Driveが分割されてしまう原因は何なのだろう。

2016年12月に購入した2TB Fusion Drive 搭載のiMac27が、起動の途中に突然電源が落ちた。前日(2023年8月10日の夜)まで何の問題もなく使えていたのにも拘わらず、である。その後は起動途中や、起動した後でも電源が勝手に落ちる頻度が増加し発生間隔もどんどん短くなって、何度も繰り返すうち起動しなくなった。

このiMac27は仕事で使用していたのだが、2021年の半ば頃だったかと思うが突然起動しなくなって、MacOSの再インストール(初期化)を余儀なくしたことがあり、それからは怖くて仕事に使う気はなくて私的に孫や猫たちの写真をスクリーンセーバーで眺めてみたり、YouTubeを見たり、音楽を聴いたり、スペックの割にはとても緩いことだけに利用していたのである。もともとゲームはやらない。だから、もしかしたら気が付かないところでいろんな症状が出ていたのかもしれない。イラレとかフォトショップとか動画編集とか重たいことは一切していなかったので気付かなかったのかもしれない。

つまり、2016年12月の使い始めからイラレとかフォトショップとか重たいアプリをガンガン使っていたが、その6年目(2021年)と8年目(2023年)に大きな障害を起こしたことになる。

 

8年目(2023年8月11日)の障害は、TimeMachineからの復元も、Command+Rでの起動によるOSの再インストールも、Option + Command + R:起動も、Shift + Option + Command + Rも、何をやってもその作業途中で電源が勝手に落ちてしまい復旧作業を進めることができない状態になってしまったのである。

 

この障害は購入から8年目のことであり、やや早い感じだけれどマザーボードや電源ユニット系に寿命が来たのだろうとしか思いが及ばず(もったいないなあと思いつつも)、近いうちに廃棄しようと決意し部屋の隅に放っておいたままになっていた。つい2、3週間前にも電源を入れてみたが、1度目は電源が入った時のバーンという音がして起動しかかったので、もしかして、奇跡が起きるかもと思い、MacOSを再インストールしようとしたが、2回目の起動からはうんともすんとも言わなくなり、数時間、間をおいても電源すら入らない状態だった。完全にこと切れているなあと諦めが付いた瞬間だった。

27インチとデカいので廃棄するにも梱包する適当な箱がなかなか手に入らないでいたのだが、まあまあ大きめの箱が手に入ったので梱包しようとしたのであるが、我ながら諦めの悪いものだと思いながらも、最後に電源を入れてみようとマウス、キーボード、電源ケーブルを取り付け電源ボタンを押したら、何と起動音がして電源が入ったのである。

30年以上パソコンの障害に対するサポートを生業にしてきた筆者にとって、これは電源ユニットやマザーボードの問題ではない可能性が出てきたと直感した瞬間だった。それからは何回やっても何をやっても勝手に落ちることはなかったのである。

 

その後は、復旧作業での奮闘になるわけだが、まずやったのがcommand+Rでの起動からのMacOS(Siera)の再インストールだった。そこでは途中で、「インストールの準備中にエラーが起きました。このアプリケーションをもう一度実行してください。」というエラーメッセージが出て、何度やっても次に進めなかった。ディスクユーティリティを使って「First Aid」や「消去」を使ってから再挑戦してもやはり同じところで「インストールの準備中にエラーが起きました。このアプリケーションをもう一度実行してください。」というエラーメッセージが出た。

その後、インターネットで調べていくうちにFusion Driveの分割とか分離とかいう情報に辿り着く。確認すると本機もまさにFusion Driveの分割とか分離が起きていたのだ。まずは、Fusion Driveの再構築からである。Fusion Driveの再構築は難なく成功したものの、やはりCommand+Rでの起動からのMacOS(Siera)の再インストールでは、途中で、「インストールの準備中にエラーが起きました。このアプリケーションをもう一度実行してください。」というエラーメッセージが出て次に進めなかった。

そこでインターネットでもっといろんな方の情報に触れていくうちに、Option + Command + R:起動で直近のMacOS (Monterey)の再インストールに成功した事例にでくわした。

 

実は、2年前のMacOSの再インストールの時の、すったもんだした挙句にOption + Command + R:起動で直近のMacOS(Monterey)を再インストールする方法で復旧に成功した記憶がよみがえったのである。(正確には、MacOSのコードネームが何であるかを記憶していたわけではなく、デフォルトの背景画像に見覚えがあった、程度の記憶である。)

 

こうして復旧は無事成功し、TimeMachineからのOS以外の復元も済んで2023年8月10日21時頃の状態の復元まで、一度も勝手に電源が落ちることはなかったのである。もう廃棄しかけていたのに、イタチの最後っ屁というか未練たらしい筆者の性格が功を奏し、この時ばかりは高価なものを失わずに済んだのである。

 

それにしても、Fusion Driveの分離、分割の発生メカニズムは何なのだろう。こちらが無意識に何かしたのだろうか。MacOSの再インストールが必要なくらいの何らかの落ち度があったというのか。何をすればFusion Driveが分離、分割されてしまうのか。

筆者の感じでは筆者のiMacは、時間の経過とともにいずれFusion Driveの分離、分割が再発するだろうと踏んでいる。だから怖いのである。でも今のところFusion Driveの分離、分割の原因についてインターネット上に納得のいく答えは見当たらない。

筆者の経験的な感想を述べるならFusion Driveの分離、分割は一気に進むのではなく徐々に進行していき、完全に分割された状態になるまでは不安定な動きをしながらも使える状態の時もあるし、時間とともに電源が勝手に落ちだして、完全に分割が進んでしまうまでは手が付けられないほど、診断作業や復旧作業など、何をしても電源が勝手に落ちてしまう。のではなかろうか。あくまも勝手な想像に過ぎないが悪しからず。

(43)Adobe社さんとApple社さんに言いたい

MacBookPro(M2)のmacOSを最新版Sonoma(14.1.1)にアップグレード後に、AdobeのIllustrator2024(28.0)の不具合(ドキュメント情報の操作時に「“Illustrator”のアップデートが必要です このバージョンのエラーが発生したので“Illustrator”は、macOS14以降と互換性がないためアップデートが必要です。詳しくはアプリのデベロッパにお問い合わせください。」)が発生して、OKをクリックするとIllustratorが勝手に落ちる現象に見舞われた。

Adobeサポートに電話して尋ねると、似たような現象が他にも出ており、Illustrator2024(28.0)に対する修正プログラムが出るまでお待ちください。(我慢するしかない)とのことだった。アプリ開発側がそういう見解なのだからそれ以上どうすることもできないので、ドキュメント情報関連の機能を使用しないでやり過ごすしかないのか。しかしドキュメント情報の関連の操作は入稿時にどうしても使用する機能だし、ドキュメント情報の関連の操作で発生する不具合以外にもこの先まだまだ別の不具合が発生するかもと危惧され仕事の進捗に影響が出るようで気が気でなくなる。

そこで、macOSを最新版Sonoma(14.1.1)にアップグレードする前のmacOS Ventura(13)にダウングレードすることにした。

筆者の頭の中では、TimeMachineのバックアップからSonoma(14.1.1)にアップグレードする直前の状態にOSごとすべてを戻せばいいのかなあ、ぐらいに考えていた。

しかし、いざやるとなってもめったにやる機会のないTimeMachineからの復元処理なので、まったく自信がない。ネットで情報を漁るが何か釈然としない。そこでAppleサポートに電話して確実なダウングレードの手順などを聞いてから実行することにした。

Adobeサポートの電話口の女性は、「ご安心ください。手順をご案内しますね。」と、とても頼もしげだった。しかし、途中何分も待たされた上に、詳しい上司に代わることに。代わって出てきた上司さんが案内したとおりにやっていくと、結果的にSonoma(14.1.1)のままでしかも、初期化(アプリやデータが全部消去)が実行されてしまっていた。

電話はいったん切れていたので、お昼休み後にもう一度電話を掛けていきさつを説明し、こちらの意図を正しく伝え、その場合、TimeMachine のバックアップからOS丸ごと不具合なく動いていた時点に復元したい意向を伝えたところ、以前の古いOS時代のTimeMachineでは、OS丸ごとバックアップしていたので、OS丸ごと復元も可能だったのだが、最近のTimeMachineは、OS以外のバックアップしかしていないとのこと。

 

これには筆者は驚いた。筆者はこれまでWindows系のパソコンとMacのパソコンの比較において、TimeMachineというバックアップの機能が標準でついているMacにとても安心感が持てていたので、OSを含まないTimeMachineというバックアップの機能に何の意味があるのかと一気に落胆してしまった。今回の問題で果たして無事復元できるのだろうかという不安は増すばかりだった。

 

それでも、復元できることを祈る思いでOSのダウングレードのやり方を教えてもらった。また、ダウングレード実行後にTimeMachineからのアプリなど環境全体の復元までを考えていることを伝えると、電話口の担当者曰く、OSのダウングレードそのものがあまりありえないこととして想定していない。その上でTimeMachineからのアプリなど環境全体の復元については、やってみないと分からない。とのことであった。

 

15GB以上の空のUSBメモリーを用意し、macOS Ventura(13)の起動ドライブを作成し、電源長押しからのUSBメモリーで起動。MacBookPro(M2)のインターフェース仕様が最小限しかない状況で、ネット接続も必要な上に、USBメモリーとTimeMachineのドライブを付け替えながらひやひやしながらのダウングレード作業となった。

ダウングレードは順調に辿っていって、TimeMachineからの復元までウィザードで進んでいった。

macOSダウングレード作業後の最初の起動時には、AppleIDの入力やノートンワコムなど環境設定が必要だったが、Illustratorの不具合は出なくなった。

 

こういう経験をしてみてこの2社に言いたい。

Appleのサポートの担当者は、言い訳せず、ダウングレードはあり得ることだから起きる前提で実機でもって復旧などの作業を経験済みのエキスパートであってほしい。

また、Adobe社には、今の、Adobe社サイトのIllustrator2024(28.0)必要システム構成だとmacOSの最新版Sonoma(14.1.1)において、AdobeのIllustrator2024(28.0)は問題なく動作すると思ってしまう表現になっている。Adobe社にはmacOSの最新版Sonoma(14.1.1)において、AdobeのIllustrator2024(28.0)は不具合が発生するので対応不可であると、正しい情報を包み隠さず掲載してほしい。

(42)物流の2024年問題だからと言って

物流の2024年問題とか、ホワイト物流等への取り組みとか、これも世の流れなのだろうが、しかしどうだろう?

EPSONさんは、ホワイト物流等への取り組みの一環としてリードタイムを1日増やしたのだが、そのためのしわ寄せをひっ被ったのは寝耳に水のエンドユーザーである。

具体的には、エンドユーザーにとってはインクカートリッジなどの消耗品の到着が以前より少なくとも1日遅くなってしまうのはもちろん、発注した消耗品がEPSONさんの物流センターの在庫に引き当てられたかの情報がタイムリーに得られないので、エンドユーザー側にとっては荷物を受け取る日時の調整ができず毎回ヤキモキすることになったのである。

大型インクジェットプリンタの発売当時、EPSONさんの営業担当者からは、最後発にサイン業界などに市場参入する訳だから、最高のものを投入するため大型インクジェットプリンタの他社機の実態を念入りに調査し満を持し市場投入した経緯があるとの説明を聞いた。実際にプリンタの印刷スピードや印刷結果の色味、操作性など市場に高く評価され受け入れられた。

加えて、インクカートリッジの容量も価格設定も供給体制もすべてエンドユーザーに対して在庫を置かなくても間に合うという好印象を与える説明だった。実際これまでは、午前中に発注したら翌日には届く素晴らしい物流が機能していたのである。これまではまったく心配することはなかった。

そういう謳い文句だったはずである。それがどうであろう。エンドユーザーは、うっかりすればインク切れで仕事がストップすることを避けるため、インクカートリッジの余計な在庫を持たなくてはならなくなってしまったし、そういうことができないところはインク残量に神経をすり減らす日々である。

発注してからも荷物の追跡番号が必要なぐらい心配なのに、それにも応じられないというし、そもそも在庫に引き当てられたのかすら、即時回答できないのだという。荷物を受け取るのが週末にかかる微妙なタイミングだと、土曜日に荷物を受け取れるかをあらかじめ確認しなければならなくなった。

こんなことでいいのだろうか。2024年問題という大義があったにせよ少なくともエンドユーザーに迷惑を掛けないことが前提でなければならないはずである。これはあまりにも一方的過ぎやしないだろうか。一体だれが決めているのか、すべて分かった上でのことなのだろうか。全部エンドユーザーにしわ寄せがいっているではないか。

 

これに対し、最近、ミマキエンジニアリングさんは、これまでは長野県から出荷していたのを、在庫の調整をしやすくするためなのか全国的な在庫の中から、例えば鹿児島からの注文分を北関東の支社や東京支社の在庫からも引き当てて出荷するようになった。これによる着荷の実質的な遅れは今のところない。もし、これが物流の2024年問題とか、ホワイト物流等への取り組みの一貫なのであれば、サイン業界の実情を理解した上で文句のつけようのない成功例と言える。

(41)「宗教」とは

水曜日のダウンタウン」という番組で、「社長がバンザイをやめない限り、部下もやめられない?」という説の回があった。あるOA機器販売会社の会議室で、社長さんが社員さんたちを前に販売台数の実績アップを称えて万歳し続けたら、社員さんたちは嘘の万歳にどれくらい付き合い続けるかの検証である。

結果は、実に480唱15分以上続いた。番組と一緒になり仕掛ける側の社長さんが疲れてしまい仕方なくやめるまで、中には怪訝そうな表情になった社員さんもいたし、だんだん最初のような元気はなくなり疲れて腕が上がらなくなっていったが、けなげにも社員さんたちは万歳に付き合ったのである。社長さんが疲れなければどうなっていただろう。それを思うとゾッとした。

見方によっては、社長さんと社員さんの間に厚い信頼関係があるのか、それとも社長さんがよほど怖いのかなとか、筆者もコンピュータの販売会社でノルマのある営業をしていた身だから、自分だったらどうしただろうと思いながら、いくら何でも15分以上も付き合うなんて社員さんたちの従順さを異常だなあと感じたのである。

これに対して番組が比較対比した検証は、お笑い芸人の次長課長の河本さんを囲んだ10人程度の集まりでその最年長の先輩芸人、次長課長の河本さんが何かの祝い事を理由に万歳をし続けようと仕掛けたら、万歳の4唱目か5唱目には後輩芸人の表情が一斉に変わり、ニューヨークの屋敷さんから「もういいでしょう」と突っ込みを食らってすぐ終わってしまう。先のOA機器販売会社の例とは条件的にはかなり違うとは思うが、それにしても先輩芸人の異常さを敏感に違和感として感じとれる後輩芸人たちがいかにも正常で頼もしく思えたのである。

会社の社長さんだから異常なはずがないという思い込みが働いたのではないかとか、強者に対する弱者の立場上の忖度が働くことの検証になったのではないだろうか。言い換えれば、人は常にまともでいられるのか、ということを突き付けられる思いがして、人のまともさなんてあてにはならないと感じさせられた。

 

筆者は66歳を過ぎた今日まで、新興宗教を信仰する母を反面教師として生きてきた。新興宗教に対する言わばトラウマを抱えた人生だったと思う。端的に新興宗教が嫌いである。何であんなものをまともに信じられるのだろうと不思議にさえ感じる。だからこの世から新興宗教が消えて無くなっても何ひとつ変わらなくまともに生きていける自信がある。反って極端すぎるというお叱りを受けるかもしれないが、筆者は自分の葬式を出してもらうつもりも、お坊さんに戒名を付けてもらうつもりも、墓に入るつもりも、一切無い。死んだら許される範囲で即、火葬場で骨にしてもらい、許されるなら骨を拾ってもらわなくても構わない。もしそれが許されないのなら、骨の状態だと砕くのに手間がかかるから最初から粉の部分だけ少しすくって容器に入れてもらい、迷惑にならず法に触れないような簡便な方法で海に散骨してもらうことを周りの者にはお願いしている。

宗教がからんだような迷信めいたシキタリに沿うこと一切が何となく無駄なことのようで受け入れられないのである。それらはおそらく、創価学会信者の母を悪い見本として生きてきた影響が大きいと思う。

 

だからと言って、純粋に新興宗教にすがる人や、新興宗教を心のよりどころとする人がいても不思議ではない世の中であること、そのことも何となく分かるような気もする。

何故かというと、それは、母が単に身内だからという訳ではなく、母を客観視した場合、母が何かにすがりたい気になるのも無理はなかったのではないか、何かを拠り所にしたくなるのも無理はない境遇だったのではないかと思うのである。

そんな母の境遇を分かっていても、母がなぜ創価学会に入信したのかその経緯について、これまで母に直接聞きたいと思ったことは一度もない。筆者にとって母が創価学会に入信していることを他人に知られるのが恥ずかしいことであり、母のこととは言え、母とその点について直に話すこと自体、頼まれてもむしろ拒否したい事柄なのである。

 

母がなぜ入信したのかは、母の生い立ちの事実を追うだけで充分であろう。母は6人姉妹の長女で10歳の時に終戦、高校には行けず働きに出ている。戦後の混乱期に20歳で結婚し3人の男の子を育てていく中で4人目の出産の前後に創価学会に入信したと思われる。どうだろうか。この母の入信という選択を間違いだと完全に否定できようか。

林芙美子著「浮雲」の後編だったと思うが、戦後のどさくさに新興宗教が乱立し、心から救いを求めて信者になる側と、それをカモにして金儲けする側が描かれているが、まさに母はカモになる側だったのである。

終戦後の混乱の中で家計はいつもカツカツで父からの蔑んだ暴言や暴力を浴び続けた母は不安でならなかっただろう。母にとり創価学会はすがることができそうな、心の拠り所となりそうなものであったに違いない。

その母の入信を恥じて、ことあるごとに暴言や暴力で脱会するよう説き伏せようとする父。それを頑なに聞き入れず耐え続けることを宗教的な苦行と捉える母は、増々信心深くなっていった。そのはざまで年端も行かない筆者ではあったけれど、父の考えが正しいような気がした。でも、父の母への暴言や暴力を振るうシーンに対しては受け入れ難い本能的な恐怖感や嫌悪感を覚えた。小学校低学年の頃の病弱な筆者にとり、まだまだ母の優しさに甘えたい盛りの頃であり、それがまた、嫌でも母の言うことを聴かざるを得ない弱みにもなった。母からはこれをすると幸せになるみたいな、子供でも分かるような受け入れ難い迷信めいた理屈で、無理やり長時間正座しながらの、南無妙法蓮華経を唱える勤行を強いられる日々だった。自分の意志を持ってもいない小学校低学年時から、訳の分からない宗教を強制され、経済的、肉体的、精神的、時間的無駄な苦しみを味わわされ、トラウマとなっていったのである。母の純粋な善意だとは言え、今で言うなら虐待と言えるだろう。筆者は、この頃の母をまだ嫌いという訳ではなく哀れに感じていたのである。

 

当時の創価学会の頭のいい組織拡大を図ろうとする輩は、母のような信者の弱みに付け込んで、巧妙な詐欺の手口で信者が励みそうないかにも真っ当そうな教えを説き、創価学会に従順な信者になるように洗脳した上、競争心理であおりたて読みもしない池田とか言う会長の書いた高額な分厚い本が出版されるたびに同じ本を何冊も購入するように仕向け、聖教新聞公明新聞は十数部もとらせるように仕向け、また、入信者を増やすために信者に徒党を組ませて親類縁者や近隣への折伏入信活動を推し進めるように仕向けて、やがては公明党を野党から与党にし、さも創価学会員がこの国のかじ取りをしているかのような錯覚した狂信的高慢さをも信者に植え付けることに成功したのである。

父が病気で弱ってくると、父は創価学会で活動する母のことをとやかく言わなくなっていった。むしろ父の晩年には父は母にコントロールされているようだった。

母は選挙のたびに豹変し、子供たちやその嫁や孫や親戚や知人に公明党に投票してねとか、公明党の候補者に投票してねと他人の自由意志を逆なでし、自分たち創価学会員の信心が世の中を救っていると吹聴し、あからさまな恩着せがましい不遜な母になっていった。

自然とそんな嫌な人間性を現し始めた母とは距離を置くようになっていった。筆者を含めた子供たちはそれぞれ、何とか以前の謙虚で優しい母に戻って欲しい一心で、何度か創価学会を退会するように諭したが、洗脳は解けなかった。母がまともなのか、学会員でない者がまともなのかを言い争った後には、どうかもう周りを巻込まず、母ひとりの信仰にして欲しいという諦めに変わっていった。

それでも高齢の母の健康を思い5年ほど一緒にプールに通っていたが、耳が遠くなっても補聴器があるのに使いもせず会話にならなくなったことで迎えに行く時間調整ができ辛くなったことも手伝い、時を同じくして起きたコロナ禍を理由に唯一接点だったプールにも誘わなくなった。それまで少なくとも盆暮れには帰省していたが、その頃から帰省すらしたくなくなっていった。本音を言えば、母に嫌気がさしたのである。

 

公明党自民党の議員さんは、例えば労働団体や経済団体や農業団体からの支援を受けるのと同じように、創価学会や旧統一教会の信者を利用して票を集め自分の地位を保っているのに過ぎない、その何がいけないのと思っているのかもしれない。そこが安易な考えであることに本当に気付いていない議員さんもいただろうし、中には、本当は最初から分かっていて気付いていないふりをしてきて、信者の二世が大人になり社会問題になるまで放ったらかし、安きに流されてきた議員さんもいたはずである。だから、その結果として同朋の元総理大臣の死という痛ましい事件が起こる羽目になったのである。

 

これら全体の構図の中で一番意地汚いのは誰か。それが自民公明の議員さんたちであると気付かない人がいるだろうか。

筆者は新興宗教の類はすべてなくなって欲しいと思う。むろん解散請求命令どころか根絶を望むものである。そもそも法律の下の「信教の自由」の中に新興宗教を含めるのは間違いだと筆者は思う。

時代の一瞬のどさくさに紛れてポッと出の胡散臭い教団を「宗教」という括りにしていいはずがない。「宗教」とは、長い年月に渡り人の営みにおいて浄化淘汰されてそれでもなお認められ残っていくものである。

洋の東西を問わず昔から宗教の類の内部にはずる賢い輩がいて、信者の財産を取り上げ金儲けしたり、信者に破廉恥なことをしたり、監禁したり殺人までも働いてきた歴史があるではないか。そういう新興宗教の構図をうすうす分かってはいても知らないふりをして、自分の地位安泰に利用する安易な政治家が存在してしまうのである。

公明党自民党やその他の党も含めて、新興宗教団体からの支援を受けて当選し、その地位にいる政治家は、新興宗教によって家庭や人生を壊された人達を蔑ろにして来たのである。

自民公明の議員さんたちは、今日の闇バイトや、振り込め詐欺のような自分の手は汚さない黒幕と同じで、いや、それ以上に質の悪い存在であることに内心は気付いたはずだ。

 

もちろんそれと同時に国民は目が覚めた。詐欺まがいのことから逃れる知識や知恵を得て、宗教離れは進み、公明党所属の議員や旧統一教会とかかわりがあった国会議員には投票しないだろう。

岸田総理が次の選挙に打って出られなくなっている理由がここにある。もはやタイミングの問題ではない。

(40)ブルースクリーン、いわゆるStopエラー(勝手に再起動する)の症状が止んだ

突然、ブルースクリーン、Stopエラー(勝手に再起動する)の症状が頻発し始めたので、Dell社サポートに連絡しサポートしていただいた。ハードウェアの保証期限は過ぎていたが、メールで4、5回、都度親切な回答をいただいた。

原因がハードウェアの問題かソフトウェアの問題かの切り分けにおいて、インターネットで検索しても、この種の問題では、まずはハードウェアの問題を疑ってみるべきだということで、Dell社サイトのオンラインでのハードウェアの診断テストと、起動時のF12連打からのDiagnosticsを延べ4、5回行ったのだが、すべてパスして問題はまったく検出されなかった。

 

上記をやる内に気付いたのだが、LANケーブルの差込口がカチッと差し込まれなくて、LANケーブルが使用中に抜けてしまうことがあり、それでStopエラーが出るのではと思い、USB接続のLANアダプター経由で試験してみたり、無線LAN単独でインターネットしてみたが、やはり現象は止まなかった。別のログインユーザーを作ってもダメだった。セーフモード起動では現象が出なかった。

 

Dell社サポートの次の指示は、OSの更新、修復、各種ドライバ等の更新だったがいずれも再発した。そこでDell社のSupportAssist OS Recoveryを使用したOS再インストールの他に、Microsoft社のサイトからWindows10用の起動ディスク作成用のファイルをダウンロードし、起動用USBメモリーを作成しWindows10のクリーンインストールも行った。各方法で2回づつ行ったが、それでも現象は止まなかった。

 

そこで、筆者の判断でパソコンの裏ふたを開けて内部の点検をすることにしたが、特に埃や腐食は無くとてもきれいなものだった。その上でメモリー2スロットの抜き挿しを行ったが、それでも症状が再発した。

 

ただ、メモリー2枚挿し?あれ?これは増設したんだなと気付き、サポートの履歴を検索したら昨年の11月にメモリーの増設を行っていたことが記録に残っていた。

そこで、元々パソコンについていた4GBのメモリーを外し、増設した8GBのメモリーだけの状態と、8GBのメモリーを外し、4GBのメモリーだけの状態で再発するかを試したところ、どちらのメモリー1枚挿しでの状態であれば、ピタッと現象が止んだ。

 

Dell社に念のため確認したが、このパソコンはメモリー構成で4GB+8GB=12GBでの運用に対応しているそうで、異なる容量のメモリーの組み合わせによる増設が本現象の原因ではないとの見解だった。

 

そうなると、もともと付いていた4GBのメモリーか、それとも増設した8GBのメモリのどちらかに故障がある可能性が出てきた。

 

しかし、もともと付いていた4GBのメモリーだけ挿した時も、増設した8GBのメモリーだけを挿した時も、つまり1枚挿しの状態だとどちらの場合でも症状は止んだのである。

 

 

その後も増設した8GBのメモリーを1枚挿しでテストしているが、まったく症状は出なくなった。

もし、上記の結果を現象の解消だとすると、Dell社のメモリー構成で4GB+8GB=12GBに対応しているとする見解が何となく疑わしい感じになってくる。しかし、増設したエレコム社のメモリー8GBの故障とか相性の問題なのであれば、増設した直後から症状が出て当然なはずで、メモリー増設して半年ほどはまったく異状はなかったのに突然5月に1回、間を空けた9月には頻発し始めるなんて、ここでもパソコンの世界の不思議さを感じさせられたのである。

 

後日談として以下を付け加える。

この問題が起きたパソコンをお使いのエンドユーザーにおいて、この問題が起きたパソコンとは別に同時期に購入した同型のパソコンがもう1台あることが分かったので、その1台でも同じメーカーで同じ型のメモリーが増設されていて、過去のイベントログを調べたら、まったく同じ「EventLog 6008」と「BugCheck 1001」がセットになって記録されていたことが分かった。そのもう一台のエンドユーザーは、勝手に再起動することがあったかもしれないが、Windows10の更新で再起動してくれたのかなあくらいに感じていて、Stopエラーによる再起動だとは気づいてなかったらしい。

また、増設したメモリーのメーカーのE社にそれまでの経緯を説明したところ、あっさりと返金に応じるとの回答だった。そのメーカーには同型のパソコンに合うメモリーは他になく、別のメーカーのものを探すことになった。

(39)どうか国費の無駄遣いを改めてくれませんか。

2023年9月1日に日本年金機構から、ねんきん定期便についてのお知らせのメールが来たので、URLをクリックしパソコンから確認しようとしたが、新しいお知らせは何も無く困惑したことがあったのだが、今度はマイナポータルから2023年9月10日午後22時44分と、翌11日8時27分にマイナポータルに新しいお知らせが届いています、というほぼ同じことを告げるメールが立て続けに送られてきていた。

さっそく、マイナポータルにパソコンでログインしてお知らせなるものを確認したら、扶養親族等申告書の申請についてのお知らせだった。その申請手続きをしようと説明文を読んでみたがもうやたらとややこしくてうんざり。説明の動画があったので再生してみたが、これも15分以上の長々としたものだったので断念。

そもそもその説明動画は2種類用意されていて、前年に扶養親族等申告書の提出をした人はこちらの動画、今回新規に扶養親族等申告書の提出をする人はこちらの動画を見なさいと、さも親切な案内がなされているようなのだが、筆者にとってはその前に、自分がどっちの動画を見ればいいのか分からないのである。つまり、前年そんな扶養親族等申告書の申請をしたかどうか鮮明な記憶として残っていないのである。

そこで、インターネットで扶養親族等申告書について根本的に何なのか調べてみようと試みた。のであるが、お役所の難解な長文だったし知りたかった申請記録を見るにはどこを見ればわかるかの説明が見当たらなかったのでこれも断念した。そこで気が重かったが扶養親族等申告書関連の問い合わせ先0570-081-240に電話することにした。

ナビダイヤルで何秒かに10円課金されるのかと憤慨気味に、電話が混んでいる旨のアナウンスを聞きながら待つこと3分以上、ようやくオペレーターとつながる。まず、扶養親族等申告書の申請の説明動画が2本あってどちらが自分用のものなのかが分からないから、前年に扶養親族等申告書の提出をしたかどうかマイナポータルのサイトで確認できないのかお尋ねしたのだがオペレーターの方は分からないとのことだった。自分は自営業者になり15年くらいになる。毎年青色申告しているが、会社勤めの配偶者がいて所得もあるので控除のところに家内の源泉徴収書の給与金額を入力しているような話題になったのを聞いたオペレーターさん曰く、毎年、青色申告している人はこの扶養親族等申告書の申請は必要ないのだというのである。ついでにこのナビダイヤルでオペレーターと会話する前に待たされたのだが、その待たされた時間も課金されるのか聞いたら、そうだという。

 

何ということでしょう。

 

電話代はさることながら、国費を使って新着の通知がある旨の無駄なメールを送ってきておいて、あなたは青色申告しているから申請しなくていいですよ。

莫大な国費を使っておきながらマイナポータルで自分が過去に申請したものの履歴も見られない。そもそも縦割り行政の情報を連携するためのものではないのか。

オペレーターさん曰く、養親族等申告書の申請をする必要のない者も含めて、とにかく全員にメール通知しているという。ということはまた来年の今頃、1年前のことなんて覚えている自信がない者は、同じメールに振り回されるのかもしれない。

その無駄なメールにより煩わされる数時間を返してくれ。

どうか国費の無駄遣いを改めてくれませんか。