(32)今回の件で、火の粉がかかりそうだなって思っている政治家はたくさんいるのだろうな。

筆者は、宗教をできるだけ遠ざけておきたい。何故かというと筆者は無宗教だが、若くしてある宗教団体に入信した母の影響で、いわゆる「宗教」という概念とのかかわりを否定的にとらえてしまうような経験を10歳にも満たないころから日常の中で嫌というほどしてきたからである。

訳も分からず正座して勤行を強要されたし、母の狂信的な入信活動に反対して母に暴言や暴力を振るうことが日常だった父も、その暴力に対し何もできない自分も嫌だった。親が共働きで兄弟が多く、決して経済的に余裕があったわけでもないのに、むしろ消しゴムもパンツも買ってもらえない貧しい生活なのに、母はその宗教団体の発行する新聞を毎日が忙しく読みもしないのに十数部もとっていたし、団体の会長とかという人の著書も隠れて何部も購入し配って回っていた。昼夕の仕事の合間も週1、2回の座談会は欠かさず出向き、周りにつけ入る人を見つけては徒党を組んで折伏して回る日々だった。ある人に不幸があったら、それ見たことかと入信しないからだと騒ぎ立て、ある人に良いことがあったら、私らがお祈りしていたからだよと恩を着せていた。選挙前になると、私たちの党に投票すれば間違いないんだからと電話をかけまくり、自宅まで押しかけていた。実の母親ながら、無礼な不遜な無配慮な浅はかな一面を見せていたのである。当時はまだ一時的に宗教から離れた普通の母親らしいところもあったと思うが、歳とともに指導的な立場になったのか、その団体が推す党が与党になった途端、あたかも母自身が政治を動かしているような、世の中を救っているのは我々だ、みたいに、次第にマウント度が上がってきたのである。近くに住んではいるが、母に会わないように避けるように避けるようになっていった。そのように母は、それと父も、意図しないまでも子供たちに人間の醜いところを見せつけていた。

母が何故宗教に頼ろうというふうになったのか、なんとなく哀れに思っていた筆者だったが、数年前に読んだ林芙美子著「浮雲」の後編に戦後の人々の弱みに付け込んで金を集める新興宗教の実態を赤裸々に綴る箇所があり、それとちょうど戦後という時期が重なり、幼少期を戦前から戦中、戦後の混乱期を生き抜いた中卒の母がこのようにしてのめりこんでいったのかと、拠り所を宗教に求めたのも仕方なかったのかもなあとか、せめて騙される側でよかったのかもとか思えたのである。

母みたいに宗教に救いを求める者、父のようにそれに反対し抜け出させようとする者、宗教団体にいい顔をして票を集め利用する政治家たち、政治家を利用して真っ当であるかのように宣伝利用して信者から金を搾り取り、財を成す宗教団体のずるがしこい者たち。そして今回のように、殺人という暴挙に打って出るほどに宗教団体を恨む者もいるのである。

ここで「政教分離」の解釈について物言うつもりはないし、本来の憲法上の意味合いからすると的外れな「政教分離」の用い方だとは思うが、政・教を分離するという4つの文字組みからできた言葉の意味は、まさに今回の事件と直結するのではあるまいか。やはり、政治が宗教を利用してはならないし、またその逆も、ということだと思うのである。

頼まれれば断り切れない性分の安倍さんだから、たまたま縁があってイベント参加者(入信者)に向けたビデオメッセージを贈っただけ、ではないはずだ。祖父の時代からの連綿とした深いしがらみがあったはずである。

騙される者と騙す者の構図は、あの宗教団体だけではないはずだ。もうすでに、政治の世界に対し宗教団体は深く関与しているのであろう。票集めの道具として、金集めの道具としてお互いの利害がピッタリ合致しているのである。例えば、政治家の秘書として宗教団体からかなりの人数が送り込まれている実態があるらしい。与党の中にも野党の中にもそんな宗教団体とつながりのある政治家は数多いるらしい。だから野党は追及できないことかもしれない。また、テレビの報道の在り方を見ているとその核心部分に触れていないのである。もしかしたらもう既に、触れたくても触れられない構図になっているのかもしれない。

今回の件でのテレビの報道はおしなべて似たようなものだが、7月11日のNHKのクロ現での安倍さんと宗教団体との関係性の捉え方、伝え方を見ても何とももどかしかった。また、元信者の家族が、今回の殺人犯と一緒にしないで欲しいと思う心情を述べられ、すべての元信者の家族の心情が、番組に出ていたその元信者の家族の方の心情と同じだと思うとも述べられていた。

犯人を擁護するつもりはないことを前提に、それでも筆者は番組に出ていた元信者の家族の方とまったく同じ心境ではなかった。少なくとももう既にそんなレベルの問題ではないような気がしてならない。ずるがしこい人に騙され財産をむしり取られたので、現にその宗教団体を恨んで、それにつながりのある政治家を狙ってテロ的な殺人を犯すまで、そこまでおかしなことになっているのである。これは尋常ならざる本当に根の深い恨みから起きた事件である。宗教団体が犯人の母親から巻き上げた金額ややり口が見えてくるにつれ、その悪質さは振込詐欺よりひどいのかもしれない。

二度とあんな不幸なことが起きないようにするには警護の在り方を云々すれば済む事でもないし、単に犯人の取り調べや捜査だけで済む事でもないし、犯人を裁いて終わりにして欲しくはない。