(29)「ホームにて」を聴き直して思い出すこと

筆者が中島みゆきさんを目撃したのは、大学生でアルバイトに明け暮れていた夏の日だった。当時、東急インホテルの屋上ビアガーデンでハワイアンの演奏を3ステージほどし終えてから、その後も1Fレストランの厨房で皿洗いか何かの仕事をしていた頃のことである。

目にしたのは、夜遅い時間帯(22時過ぎ)に、天井の低い廊下の先に細身のジーパンと白シャツの彼女がひとりゆっくりフラフラと歩いて遠ざかっていく後ろ姿だった。その時、廊下でこちらも一人で言わば二人っきりだったと思う。ふらつく彼女は(もしかしたら酒に酔っていて)時折、壁に寄りかかって泣いていたような、振り向いて後ろを気にしていたような(彼女は筆者の存在にはまったく気付くこともないほどの距離に遠ざかっていたので、あくまで記憶の残像に過ぎないが)。

筆者はその細身の曲線美にただ呆然と見とれてフリーズしていたのである。もちろん後を追いかける勇気も理由もなかったし、その時の雰囲気を語るも何も、世間知らずの貧乏学生が有名アーティストを目撃してキョトンとフリーズしている体に過ぎなかったのである。

何故、それが中島みゆきさんだったと言えるのか、筆者が証明することはできない。ただ、そのホテルに彼女が宿泊しているとの情報を誰かが誰かに話しているのを聞き及んでいたからだったか、コンサート終わりの彼女がホテルに到着して1Fロビーに騒然とした雰囲気を感じた後だったからなのか、2022年5月に亡くなられたお笑い芸人の上島竜兵さんが好きだったという「ホームにて」を聴き直している現時点から45年も前のことであり定かではない。

インターネット上の情報では、1977年8月22日鹿児島市中央公民館(当時はまだ県文化センターも、市民文化ホールもなかった)でコンサートがあったことは事実のようだからまったく根も葉もないことではなさそうではある。記録を見ると、あの頃(1977年)の彼女のコンサートスケジュールはほぼ毎日と言っていいくらい凄まじい。

「ホームにて」は、優しい気持ちにしてくれる。と思う。